| 名前: | 長谷川賢 Ken Hasegawa |
|---|---|
| 出身地: | 神奈川県 |
| 生年月日: | 1987年2月26日 |
| 身長: | 181cm |
| 体重: | 84kg |
| 所属: | KINGDOM EHRGEIZ |
日本人の父とモロッコ人の母の間に生まれる。高校から柔道を始め、大学で全日本柔道強化選手に選出。卒業後は実業団柔道部から、総合格闘家に転身。地下格闘技にも参戦。10年のプロデビュー以来DEEPを主戦場に白星を挙げ、世界に通用する貴重な重量級として熱視線が注がれた。12年12月、DEEPメガトン級王者決定トーナメント1回戦でドイツの巨漢ピーター・トルノを判定で下すと13年2月に誠悟に判定勝利で優勝し第4代王者となり、二度防衛。11月にはTitan FCで北米デビューし、マット・トンプソンに判定勝利。その後は階級を大幅に落としミドル級に転向。15年末、破竹の12勝無敗(1分)でRIZIN旗揚げ大会に参戦。BELLATORミドル級GP覇者ブレナン・ワードに一本負けでキャリア初黒星を喫した。その後DEEPで再起3連勝。18年6月、ONEデビュー戦でいきなりミドル級世界王座挑戦のチャンスを得ると王者アウンラ・ンサンのホームでKO負けを喫するも5Rまで壮絶に殴り合い会場を大いに沸かせた。19年3月の日本大会での再戦では2R TKO負けでリベンジならず。この試合中の大けがで長期離脱するとMMA界で人材発掘など活動領域を広げ、日本人選手の海外進出にも尽力。21年には技術向上をめざすPROGRESSを開始し、打撃のないMMAルールに注目が集まる。またGLADIATORではモンゴルや韓国などアジアの選手を招聘、自主興行も開催。24年にはBreakthrough Combatを立ち上げ10月に大会を実施した。選手としての復帰は、22年にONEでの復帰が腰の負傷で流れたのち、24年8月にDEEPの屋外大会で約5年半ぶりにケージに上がる。大雨で滑るマットに苦しみつつSAINTに判定勝ちを収めた。再び勢いに乗るかと思われた11月のDEEPで酒井リョウ相手に偶発的な後頭部ヒジが入り負傷判定負け。25年5月に100キロ契約で臨んだAFC37xHEAT56ではツェレンダシュ・アズジャルガルの顔面ヒザの反則で続行不可能となり負傷判定で敗戦、後味の悪い二連敗に。一年後の26年5月、DEEPでブラックタイガーを1R僅か49秒、右ストレートから鉄槌TKO勝利で再起を果たした。10年以上を経て、ヘビー級に再び光を当てんとするRIZINの舞台で荒東をMMAで圧倒し、日本重量級の最大の実力者として再び君臨する。
| 日付 | 勝敗 | 対戦相手 | 結果 | 大会名 |
|---|---|---|---|---|
| 2015.12.31 | lose | ブレナン・ワード | 1R 5:09 KO | IZAの舞 |




RIZIN FF CEO NOBUYUKI SAKAKIBARA