息子であるクロン・グレイシーのRIZIN参戦が決定し、ヒクソン・グレイシーが緊急来日。RIZINに期待する“武士道スピリット復活”への思いと、父として指導者としてクロンをどう育ててきたか、その秘話を伺った。
――今回、来日された目的を教えてください。
息子のクロン・グレイシーが年末のRIZINで試合に出ることになったので、そのプロモーションのお手伝いに来ました。RIZIN開催については、とてもいいことだと思っています。非常によくプロモーションされていて、地上波でのテレビ放送も決まっている。何より嬉しいのは、最近の総合格闘技で失われつつある武士道スピリットが復活するようなルールを採用していることです。
――失われた武士道スピリットとは、具体的にどんなものでしょう。
もともとバーリトゥードのコンセプトは、二人の戦士がリングに上がり、完全決着で一人が生き残るというものです。その進化の過程でMMAが新しいルールを導入し、現在は5分3ラウンドが主流となってポイント制も生まれました。しかしそれは、ポイントを取れば攻めに行かなくても勝てるという考えを植え付けてしまうルールだった。選手たちはそれに甘えてアグレッシブに攻めなくなり、“勝つため”ではなく“負けないため”の消極的な試合をするようになりました。例えばユニファイドルールでは、どの選手も素晴らしいアスリートではありますが、ポイントを取られてはいけないという考え方で戦っているように思えます。自分からチャンスを作りに行かずに、負けないための作戦を練って安全に勝ちに徹する。それが、まさに武士道スピリットの喪失なのです。
――RIZINのルールでは、その武士道スピリットが復活すると期待していますか。
RIZINは10分1ラウンドと時間を長く設定し、ポイント制もない。選手がアグレッシブにならざるを得ない状況を作り出すルールです。長いラウンドでは、瞬発力や勢いだけでなく、本当に実力や技術がないと勝てません。1ラウンドの時間が短ければ、スタミナが切れた頃にはゴングが鳴るけれど、長いラウンドでは体力を消耗しない、効果的で無駄のない動きをする作戦も必要になります。それは“試合”ではなく、まさに“戦”です。ですから、選手たちもしっかり戦略を立てて、魂を持って試合に臨むことになります。
――日本の総合格闘技には、その武士道スピリットがあったとお考えですか。
PRIDEが始まった頃は、ルールも選手の姿勢も“戦”を意識した試合が多かった。それを見たファンが共感できたからこそ、あれだけ盛り上がったのだと思います。しかし、今もっとも人気のあるユニファイドルールは、“戦”ではなく“ゲーム”。判定になったときに勝敗がわかりづらい。完全決着にならない。そして、武士道精神を持った日本人は、ゲームを受け入れない。だから、ユニファイドルールは日本であまり浸透しなかったのだと思います。RIZINは日本人が共感できるような完全決着できるルールで試合を行います。日本人に広く受け入れられれば、ユニファイドルールよりも大きくなる可能性はあると思います。
――今度はクロン・グレイシー選手についてお聞きします。彼にはどんな指導をしてきましたか。
私はクロンが物心つく前から柔術を教えて、自然とテクニックを刷り込んできました。彼がちゃんと柔術を始めたのは7歳のときです。試合があると、私は「勝ったら好きなものを一つ上げよう。負けたら二つあげよう」と彼に言いました。それは、「負けてもお父さんは怒らないよ」という意思表示。勝ちへのプレッシャーを与えたことは一度もありません。負けから学んでまた練習すればいいと教えてきたつもりです。12歳か13歳のころ、彼は柔術をやりたくないと言ってスケボーをやり始めたのですが、二回骨折してから嫌になったようで、また柔術に戻ってきました。その後、練習しているうちに柔術愛に目覚めたようです。
――今でも、クロン選手の指導はされているのですか。
3年ほど前にクロンに言われたんです。「今までいろんな知識、テクニック、作戦を教えてくれたこと、すべてに感謝している。ただ、僕の目指すものはもっと上にある。ここから先はお父さんには関係ない。自分の選択、責任ですべてやっていく」と。私はそれを聞いて、心から彼を誇らしいと思いました。それ以降、彼は今まで以上にハードなトレーニングをこなし、食事管理を徹底して、上を目指している姿勢を見せてくれます。彼は、グレイシー一族の代表になるんだ、チャンピオンになるんだという目標を強く持っています。
――客観的に見て、クロン選手のファイターとしての実力は。
非常に才能豊かな選手だと思います。その才能を裏付けるように様々な努力をしています。MMAの練習もたくさんしていて、常に新しいものを求める姿勢もあり、向上心に溢れています。彼のいちばんの武器は精神力。彼はすごく強い精神で自らにチャレンジを課していき、それをどんどんクリアしていく。彼のオール・オア・ナッシングの姿勢は尊敬に値します。
――山本アーセン選手や山本一家についての印象は。
アーセン選手についてはあまり知識がありませんが、彼の家族がチャンピオンを作る一家であり、素晴らしい環境で育ってきたことは知っています。彼の家族が成し遂げてきた功績にもリスペクトしています。この試合は将来のMMAを担う一戦になると思っています。アーセンはまだ若くて経験も浅く、プロフェッショナルなレベルでの実績は少ないので、試合のパフォーマンスにはそこまで期待していませんが、クロンも同じくまだ発展途上。非常にいいタイミングでマッチメイクができたと思います。試合結果がどうであれ、二人ともこの試合を通して大きく成長してくれたらいいですね。
――かつてPRIDEで戦った高田延彦さんと、今度は違う立場で関わることになりましたが。
PRIDEは今まで経験したことのない次元の露出をしてくれました。そう考えると、高田さんとの試合は自分にとって非常に大切だったし、いい経験だったと思います。現在、彼も格闘界を引っ張る立場にいて、社会的地位もしっかりしていて、みんなが憧れる存在になっています。そんな彼と今回また顔を合わせることができることを誇りに思います。勝敗云々ではなく、あの試合があったからこそ、彼も私もこういう立場でいられるわけだし、またこうして一緒に働くことができる。今振り返ると、大きな意味のある試合だったのだなと思います。
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